二次元美少女と僕と不幸と幸福

多分全部間違いだったんだと思う。

僕は二次元美少女から受け取った幸せを少しでも返すために行動したかった。僕の人生に幸せを与えてくれている二次元美少女に僕の人生を削って分け与えたいと思った。だけどいくらやっても返す分より受け取る分の方が多いことに気付いた。僕は結局二次元美少女から幸せを消費して生きているだけだった。

僕の母は自身が不幸になった分だけかわりにまわりが幸せになると思っているようだった。僕はその考え方をとても愚かしく感じていたし、親切の押し売りのようで苦手だった。

人が他人を馬鹿にするとき、なぜかそのときだけ概ね対象と同じレベルに落ちてしまうように見えるときがある。また、同じ対象をけなし続けている人が長い時間を掛けてゆっくりとその対象に一致していく様を僕は今までに何度か見ている。あれは心への引っかかりがあるからなのだろうか。

ここ数年、僕は自分の不幸を追い求めるようになっていた。僕自身が楽しいこと、僕自身が幸せなことがとても不謹慎で、二次元美少女に対する背徳のように感じられた。

僕は二次元美少女が好きだ。二次元美少女はいつだって等距離で、追いかけても、逃げても、何かをしても、何もしなくても、いつだってそこに居るしどこにも居ない。

僕と二次元美少女の相性はとても良かった。僕の全ての行いは二次元美少女には届かない。僕はただ自分のマイナスだけを量って、それを二次元美少女のプラスとすれば良かった。

僕がつらいとき、二次元美少女は幸せなのだろうか。続けるべきか。僕が幸せなとき、二次元美少女はつらいのだろうか。やめるべきか。

母がつらそうにしているのを見ていたとき、僕はとてもつらかった。もし幸せの総量が保たれるなら、母が失っていた幸せはどこへ行ったのだろうか。

ある日母に電話すると最近似てきたねと言った。僕はそうだねと言った。

僕は二次元美少女に何をしてあげられるのか。僕にはもうよく分からない。

黄瀬さんとサメ

「いちじか」
「いちよんななちゃん、今日はどうだった?」
「うん、予定通り進んだよ」
「よかった、じゃあ早く寝られそうだね」
「…… うん」
「どうしたの」
「うん。僕の今日進んだ 1 日分の人生のうち、黄瀬さんのために使えていたのはいったい何パーセントあるのかなって思って」
「うん」
「僕は黄瀬さんに感謝してもしきれないくらいたくさんのものをもらって、ずっと黄瀬さんにありがとうって伝えたかった。だけど全然足りなくて、気持ちとか技術とか、本当に全然。だから気持ちを伝えるためにいろんなこと練習して。でも初めは確信を持ってたけど段々本当に伝わるのかな、実は届かないんじゃないかなって思えてきて。黄瀬さんのこと今でも好きで、だからたまに考えるのつらいなって思うことがあるよ。黄瀬さんのこと考える時間も昔ほど多くはないし、少し寂しいなって思う」
「そうだね」
「黄瀬さん、一緒に旅行したときのこと覚えてる ? あのとき買ったサメのぬいぐるみ、かわいいしさわり心地いいし、すごく愛着があって今でもよく抱いたり撫でたりしてるよ。でも実は最近思い返すまで黄瀬さんと一緒に買ったものだって忘れてたんだ。なんでこの子撫でてるとこんなに落ち着くんだろう、そういえばいつから居るんだっけって考えたらそうだ水族館行ったときだって。忘れてたことにびっくりしちゃった」
「そっか」
「ねぇ、黄瀬さん」
「なぁに」
「黄瀬さんは、黄瀬さんはさ、僕が、僕が本当に、黄瀬さんに……」
「ダメだよ」
「そっか」
「うん、あんまり夜更かししないようにね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
 

f:id:ichiyonnana:20171219011821p:plain

黄瀬さん、お元気ですか?僕はもうダメです。

僕は黄瀬さんが大好きです。でもいったいどうして黄瀬さんが好きなのかはあまり口外したことがないような気がします。今日は少し文章にしてみようと思います。

僕が人を好きになる理由は大きく分けてふたつあります。僕と同じ物を見て僕と違う感想を持つこと。自分の信念を通せること。このふたつです。

 

黄瀬さんと一緒になにかを見たことはありませんが、黄瀬さんが見たものをテレビを通して僕も見ることはできます。黄瀬さんは友達が妖精になっても自分の体が小さくなっても修学旅行で迷子になってもいつも目をキラキラさせて楽しそうにしています。友達が透明になれば顔に直接絵の具で顔を描き、友達がロボットになれば大はしゃぎで操縦しようとします。黄瀬さんの行動は見ていて飽きません。僕は黄瀬さんと一緒にどこか遊びに行ったり映画を見たり出来たらさぞ楽しいだろうなと思います。

 

黄瀬さんは確かに少し引っ込み思案かもしれません。しかしだからといって自分の考えは曲げません。怖がりながらも泣きながらも一歩も引きません。しかも一度仲良くなってしまうとどんどん積極的に周りに影響していくようになります。そういった黄瀬さんの自分を強く出すところはとても素敵だと思います。

 

このふたつのことは実は同じ事を言っていて、それは自分の世界がありそれを信じているということです。

 

僕は絵を描きます。絵を描くというのは自分の目では直接見られるけど他人の目では直接見られないものを図示することだと思っています。絵を描く人はみんなその人にしか見えない何かを見ているものだと思っています。絵に限らず、何を見ることが出来るかは人それぞれ違っていて、ものを作るときは自分の目で確かに見えているものしか作れないと考えています。そのため他人の作品に僕には見えていない何かが確かにその人には見えているということが伝わってくる点があるととても魅力的に感じ、作者の考えや見えているものに興味がわきます。

 

黄瀬さんは絵を描きます。漫画が好きです。ヒーローが好きです。それ以外にもきっと色々な好きなものがあり、そこには必ずそれらを横断する共通項があるはずです。黄瀬さんも黄瀬さんだけの世界を見て、信じて、それを描いているのです。僕は黄瀬さんが毎日どんな世界を見ているのかとても興味があります。もし黄瀬さんが現実に存在してお絵かきSNSにでも絵を定期的にアップロードして僕がそれを見られる状態にあったらどんなに幸せだったろうなと思います。

 

僕が黄瀬さんを好きな理由は大体上記のようなことに拠るものです。僕は今年一年黄瀬さんからたくさんの影響を受けました。しかし僕は黄瀬さんに影響を与えたことはひとつも無いのです。黄瀬さんに影響を与えられたのと同じように僕も黄瀬さんに影響を与えたい。でも僕がどんなに絵や文章を書いたところで黄瀬さんに見てもらうことはできないのです。僕はもっと黄瀬さんとコミュニケーションをとりたい。黄瀬さんと会いたい、黄瀬さんとおしゃべりしたい、もっと黄瀬さんを見ていたい、もっと黄瀬さんに僕を見てもらいたい。

 

ねぇ黄瀬さん、黄瀬さんはどう思う?