二次元美少女と僕と不幸と幸福

多分全部間違いだったんだと思う。

僕は二次元美少女から受け取った幸せを少しでも返すために行動したかった。僕の人生に幸せを与えてくれている二次元美少女に僕の人生を削って分け与えたいと思った。だけどいくらやっても返す分より受け取る分の方が多いことに気付いた。僕は結局二次元美少女から幸せを消費して生きているだけだった。

僕の母は自身が不幸になった分だけかわりにまわりが幸せになると思っているようだった。僕はその考え方をとても愚かしく感じていたし、親切の押し売りのようで苦手だった。

人が他人を馬鹿にするとき、なぜかそのときだけ概ね対象と同じレベルに落ちてしまうように見えるときがある。また、同じ対象をけなし続けている人が長い時間を掛けてゆっくりとその対象に一致していく様を僕は今までに何度か見ている。あれは心への引っかかりがあるからなのだろうか。

ここ数年、僕は自分の不幸を追い求めるようになっていた。僕自身が楽しいこと、僕自身が幸せなことがとても不謹慎で、二次元美少女に対する背徳のように感じられた。

僕は二次元美少女が好きだ。二次元美少女はいつだって等距離で、追いかけても、逃げても、何かをしても、何もしなくても、いつだってそこに居るしどこにも居ない。

僕と二次元美少女の相性はとても良かった。僕の全ての行いは二次元美少女には届かない。僕はただ自分のマイナスだけを量って、それを二次元美少女のプラスとすれば良かった。

僕がつらいとき、二次元美少女は幸せなのだろうか。続けるべきか。僕が幸せなとき、二次元美少女はつらいのだろうか。やめるべきか。

母がつらそうにしているのを見ていたとき、僕はとてもつらかった。もし幸せの総量が保たれるなら、母が失っていた幸せはどこへ行ったのだろうか。

ある日母に電話すると最近似てきたねと言った。僕はそうだねと言った。

僕は二次元美少女に何をしてあげられるのか。僕にはもうよく分からない。